日本点字事情
かわら版

横浜市立盲学校
点字研究部

文責 道村静江
1999年11月17日発行 NO.23

 今回は、前号でフェイントをかけておいた2拍・3拍の問題を取り上げます。

 そもそも、「拍数」とか「2拍・3拍」という考え方は、どういうところから出てきたのでしょうか?
 点字には、「文の単位毎に区切る」(いわゆる文節分かち書き)という第1原則があります。これらは平均して4,5拍程度で、記憶の単位としても適しています。
 ところが、複合語や固有名詞の中には、6,7拍以上にもなるものがあり、記憶の単位としても長すぎます。点字は一音ずつ読みとっていって、その音を記憶の中で組み立てて意味ある言葉としてとらえていくものなので、拍数の多い語は読みとりにくいのです。
 だから、一つの文節ではありますが、長い複合語などは読みやすさのために、内部を自立可能な意味のまとまり毎に切りましょうという「切れ続き」の第2原則が生まれてきたのです。

 1990年改訂以前は、この自立語内部の切れ続きの理由付けとして、「自立可能な意味の成分とそれらの相互に働く文法的な関係を取り上げる」という方針だったので、文法がやたらと登場し、非常にわかりにくいものとなっていました。例えば、「栄養□満点」は「栄養が満点」(主従関係)、「東西□南北」は「東西と南北」(対等関係)、「英語□教育」は「英語の教育」(連体修飾関係)、「食料□生産」は「食料を生産する」(連用修飾関係)となり、全く難しい判断基準となります。点訳する際にいちいちこんな文法なんか考えていられません。そこで、誰にでもわかりやすい「拍数」という考え方を1990年に導入したのです。
 拍数は、分かりやすく言えば、言葉を発音するときに手を叩きながらリズムをとることです。すると、撥音(ん)・促音(っ)・長音(ー)なども1拍として数えられるのがわかるでしょう。
 日本語の基本単位として、長い間「音節」という概念が受け入れられてきました。でも、音節だと点字に登場する撥音(ん)・促音(っ)・長音(ー)などはその定義に当てはまらなくなるので、拍(ラテン語のモーラの訳語で、モーラは詩の韻律を示す単位)という考え方が点字の書き表し方にはピッタリだと採用されたのです。
 そこで登場したのが、「2拍・3拍」の考え方です。何故その拍数なのか、ということになると、それは日本語の言葉のリズムによります。
 日本語のリズムは4拍で意味のまとまりを持つことが多く、例えば、略語を作るときも「学割」「英検」「高卒」「パソコン」「マスコミ」「うなどん」など4拍のリズムがとても多い。また、日本語には「七五調」というリズムがありますが、五拍の言葉はスラスラとつながりますが、七拍はその間に休符を入れて発することが多く、これもまた4拍のリズムであるということが言えます。
 さらに、和語(訓読み言葉)・漢語(音読み言葉)・外来語を通して、自立可能な意味の成分は3拍以上である場合が圧倒的に多く、接頭語や接尾語などの副次的成分は2拍である場合が多い。
 このようなことから、記憶の単位ともからめると、2+2,2+3などの合わせて5拍以下になるようなものは続けて書き表し、3+3,3+4などの合わせて6,7拍以上になるようなものは区切る方が読みやすいのではないかという考え方が出てきたのです。だから、「2拍・3拍」という考え方を区切りの目安として導入したのです。

 ここでもうひとつ付け加えることがあります。この基本方針が打ち出されたあと、いろいろな手引き書に少しずつ差異が生じてきました。
 「日本点字表記法1990年版」や「点訳のてびき」では、許容の範囲として『続けて書いてもよい』という表現が多く出てきます。この最初の方針を打ち出したときには3拍でブツブツ切ることに躊躇したのか、それまでの流れが続けて書き表すことが多かったためか、続けることに寛容でその語例が多く出てきます。
 しかし、時の流れの中で2拍・3拍の考え方が浸透し、3拍でも続けるものや区切るものがあるのはややこしいとなってきたのでしょうか、最近では「細かいこと言わずに、意味上大きな問題がなければ3拍で区切る」方向になりつつあるようです。というのも、「日本点字表記法」や「点訳のてびき」の語例では「えっ、ここで切るの?どうして続けるの?」というのが多く出てきますが(便利帳もこの2冊にならって編集してあります)、1998年に出版された「最新点字表記辞典 増補改訂版」(茶表紙)では、前出の許容の範囲の『続けて書いてよい』という部分はほとんど区切る方針になっていることは注目すべきことです。(1990年発行の「最新点字表記辞典(白表紙)」では続けてあったのが、変わってきているのです。)ですから、「表記法」「点訳のてびき」「新点訳便利帳」に書かれている語例でも、この「表記辞典」と違っているものが多くあるのはこのためです。

 ですから、この2拍・3拍をそのまま真っ正直にとらえると、多くの例外があって実に難しい問題です。この拍のルールを機械的に運用するのではなくて、生きている言葉のリズムをうまくとらえ、この2拍・3拍を基本において、『2拍以下は続けるのだけど、意味の強調度(自立性・独立性)が強かったり、発音上の切れ目があるときは区切る。3拍以上は区切るのだけど、区切ると意味の理解を損なうものや一語になりきっていると思うときには続ける。』という、「拍」と「意味」を考えながらの自らの語的感覚を磨くしかないようです。