日本点字事情
かわら版

横浜市立盲学校
点字研究部

文責 道村静江
1998年6月10日発行 NO.1

 1.発行にあたって
 今,日本の点字事情が激しく揺れ動いています。激震とでも言いましょうか,その大きな余波が,各地の視覚障害教育及び福祉関係機関を襲っていますが,私たちもその渦中にあって,その大きな波に呑み込まれようとしています。しかし,その原因が定かにキャッチできていないのが実状です。
 5月の職員会議で議論されましたように,日々点字を教育の手段として使用している私たちは,日本の点字がどういう状況にあるのかを知り,より良い方向に向けられるために働きかけねばならないと思います。
 そこで,本校では点字研究部がその情報収集にあたり,みなさんに提供していきたいと考えました。こんな「日本点字事情」などという大それたタイトルと,「かわら版」などという軽々しい出し方でいいのかわかりませんが,脈絡のない情報を随時提供していきたいと思っていますので,どうかお読みください。

 2.そもそも何が問題になっているのか?
 1990年に日本語の現代かなづかいに基づく点字表記が大改訂され,『日本点字表記法 1990年版』として発行されました。その動きに合わせるように,「点字数学記号と点字理科記号の改訂を」という声も挙がっていて,改訂作業を熱心に進める一部の動きも水面下にはあったようです。それが1997年の夏に突然浮上したのです。その驚きたるや大地震にも匹敵するもので,その対処方法がうやむやのまま現在に至っているようです。

 3.まず何を知っておくべきか
 この大激震の話を進めるためには,予備知識がなければなりません。この作業を進めている「日点委」とはどんな組織なのか?度々出てくる「日盲社協」とはなんぞや?そして,日本の点字制定と改訂作業がどのように進められてきたのか,その辺の社会事情と歴史を振り返ってみるのも,この問題に取り組むためには必要なことだと思います。
 ですから,大問題に直接切り込む前に,しばらくその周辺の学習をしてみたいと思います。おつきあいください。

 4.点字誕生と発達の歴史を簡単に!
 (1)世界最初の点字の考案
 1825年,フランスの盲人ルイ・ブライユが16歳の時,点字の基本を作り上げていたが,普通文字とあまりにも発想が異なるので,長い間受け入れられなかった。しかし,徐々にその点字の優秀性が認識され,フランスで正式に採用されることになったのが,1854年のことで,ブライユの死後2年もたってからのことだった。このフランスでの正式採用から,欧米各地に普及していった。
 (2)日本の点字の誕生
 明治に入り,盲人に対する教育が全国に少しずつ出来始めた頃には,まだ普通の文字を凸字で表し(縄を使って文字の形を作ったり,板に版画のように彫り込んだりしたもののようであった),普通文字を読みこなすことによって情報を得ようとしていたが,盲人にとってはそれは大変困難なことであった。
 明治20年(1887年)頃,東京盲唖学校(現在の筑波大学付属盲学校の前身)の小西信八が,この凸字での教育に疑問を感じ,欧米で使われている点字の資料を入手し,このアルファベット体系のものを何とか日本語に適用できないものかと考え,小西が音頭をとって教職員・生徒を巻き込んでのまさに全校を挙げての研究が始まった。その研究の中心となったのが,同校教諭石川倉次であった。
 約3年の研究の末,明治23年(1890年)の11月1日に最終的な点字選定委員会が開かれ,三つの有力な案の中から石川倉次案を採用することに決定された。(このことから,現在11月1日が「点字の日」となっている。)
 (3)点字表記の発展
 1890年の段階での点字表記は五十音・濁点・半濁点・撥音・促音・長音符の決定ぐらいであった。それはまだ日本語が歴史的かなづかいで表記されていたからであるが,耳で言葉を理解する盲人にとって最も望ましい表記は,表音的かなづかい(発音通り書き表す)であるとして,石川氏は研究を進め,明治31年に拗音点字を発表。翌年には東京盲唖学校でこれを正式に採用し,明治34年にこの拗音も含めて日本の点字が官報で公表されるに至った。
 これ以後,大正・昭和初期にかけて,日本語は歴史的かなづかいから表音的かなづかい(現代かなづかい)へ向けての大論争の時代を迎え,一般に現代かなづかいが行われるようになったのは,戦後の昭和21年からである。
 そのことを考えると,点字の世界においてはいち早く表音的表記を採り入れ,大正時代には国定教科書などの墨字かなづかいとの様々ないきさつはあったものの,昭和初期にはすでに完全な表音的かなづかい並びに一定の分かち書きが実現していたのである。これはまさに一般社会よりも20年も早い日本語表記の先取りであったのである。
 こうして点字の歴史を振り返ってみると,現在の盲教育は先人の偉業の上に成り立っており,その恩恵を改めて深く感じます。