点字使用者のための漢字学習資料作成とその活用
                    漢字学習支援グループ 道村静江

1.はじめに
視覚障害者にとって,近年の情報機器の進歩と活用は学習や生活のための情報量の確保や外界との交流を図るだけでなく,社会自立に向けての大きな礎となる分野です。それらを見通したときに,点字による文字獲得が可能な児童生徒には,表音の仮名体系の点字文字だけでなく,言葉の意味の理解を助けるための表意文字の漢字導入が不可欠です。さらには,漢字仮名交じり文が書けて一般社会に通用する文字処理能力と情報機器活用能力を身に付けさせることが,今後の盲学校教育における大きな指導の重点になるであろうことはみなさんも痛感しておられることだと思います。
 そこで,本校の小学部低学年の児童に対して,点字習得の後に学年相当の学習を進める中で,墨字使用者と歩調を合わせながら漢字教育の導入を試みました。
 その教材作成には「点図くん」ソフトを活用し,Win−BESに変換した「漢字指導資料」を作成しましたので,全国の盲学校及び関係の機関で活用していただけたらと思います。

2.データの種類
 @「点図くん」ソフトで作成したグラフィックデータ
   <拡張子:.plt> フォルダ「1年字体PLT」「2年上字体PLT」など
  ・1ファイルに3文字の漢字体とその左下に6点漢字,右下に漢点字が記されている。
 A @のpltファイルをWin−BESに変換したグラフィックデータ
   <拡張子:.bes> フォルダ「1年字体BES」「2年上字体BES」など
 B Aのbesファイルに,文字データとして点字解説文を加えたもの
   <拡張子:.bes>フォルダ「1年漢字解説BES」「2年上漢字解説BES」など
 C @のpltファイルに,文字データとして点字解説文を加えたもの
   <拡張子:.plt>フォルダ「1年漢字解説PLT」「2年上漢字解説PLT」など
 D字体のみの資料として、カタカナ、ひらがな、数字、アルファベット(大文字・小文字)がある。

3.データの解説
 (1) 漢字体データ
 既存のゴシック体を基本に,触察でわかりやすいように加工した字体を作成しました。加工の際の留意点としては,できるだけ直線構成であること,部首や旁の構成がわかりやすいように間隔をあけたこと,つながっている・離れているがわかりやすいことなどです。
 各頁の右側に3字ずつグラフィックデータとして掲載しました。「点図くん(PLTファイル)」で字体を作成したものと,それをWin−BESに変換したものがあります。PLTファイルでは加工・修正は可能ですが,Win−BESでは加工・修正はできません。

 (2) 6点漢字・漢点字データ
 現在の学校教育では6点・8点の漢字教育はなされていません。しかし,先人が考案された漢字を表す点字が存在すること,その有用性も一部で叫ばれていることなどから,情報提供だけはしておきたいと強く思いました。よほど漢点字類に興味を持たれている方か,研究をなされている方しかその情報を持っていないと思われます。特に盲学校教員は無関心で両者のデータを知るのも容易ではないと思われます。一つひとつの漢字の横にそのデータがあれば興味を持つかもしれませんし,余裕のある児童生徒、あるいは将来興味を持ったときに自学自習も可能かと思われます。漢字の字体を学習するときに,その部首や旁からなる漢点字(8点漢字)を,音訓を学習するときに音訓構成からなる6点漢字を学習することはそれほど困難ではないように思われます。ただし、この2種類の漢点字類の活用についての意見は様々で、私にはどちらを特に優先するという意志はありませんし、学習してほしいという意図を示しているわけではありません。あくまでも利用者側の取捨選択にお任せします。
 この二つの漢点字のデータ化には非常に苦労しました。今でも後述するような問題点が残っています。漢点字(8点漢字)は8点入力機能のないWin−BESでは表現不可能なので,グラフィックで表すことにしました。6点漢字はそのまま文字入力として可能ですが,漢点字と同レベルの扱いにしたくて,あえてグラフィック化しました。つまり,「点図くん」で漢字体を作ると同時に両者のグラフィック点字も作成し,セットでグラフィックデータ化してあります。
 漢字体の左下に6点漢字を,右下に漢点字(8点漢字)を書きました。

 (3) 点字解説文
 (ア)音声読み上げソフト(PCトーカー,XPリーダー)の詳細読みの記載
 点字解説文の1行目にPCトーカーでの詳細読みの読み上げ方を,2行目にXPリーダーでの詳細読みの読み上げ方を載せました。コンピュータで漢字選択するときにこれらを利用する人も多いと思いますし,学校教育の情報教育導入の際にもこれらを知っていると便利かと思いました。漢字によっては両者が同じものもありますが,あえて2行に渡り繰り返して載せました。
 (イ)音訓の読み方とその語例の記載
 3行目以降に,まず訓読みを第1カギで囲み,その後に送りがなを記載し,続けてその語例を記載しました。次に音読みを第1カッコで囲み,続けてその語例を記載しました。特別な読み方は第2カッコで<特>と記載しました。
 語例の選択にあたっては,小学1年であっても小学校レベルや日常生活レベルで使いそうな語例をスペースの許す限り挙げました。
 また,墨字の国語の教科書では該当学年で取り上げる読み方しか載せていなくて,異学年で同じ漢字の違う読み方を何度でも取り上げています。しかし,この点字資料では各学年の新出漢字だけを取り上げ,その読み方には小学校で習う全ての読み方を記載しました。その方が違う学年で何度も漢字が出てくるよりわかりやすいと思いました。ですから,小学1年生にこの小学1年生用の漢字資料を提供した場合には,難しい箇所も出てくると思います。
 この資料は該当学年の児童だけを対象にしたものでなく,小学校全学年や中高生,あるいは一般社会人など,漢字を知らない人にも広く活用していただきたいと考えたからです。

4.稼働環境
 (1)利用ソフト
 漢字体(6点漢字,漢点字を含む)のみを活用したい場合には,「点図くん」で「字体PLT」ファイルを、Win−BESで「字体BES」ファイルを開いてください。これらはカードを作ったり、独自で解説を入力する際に便利です。
 点字解説文の入ったものを活用したい場合には,「点図くん」で「漢字解説PLT」ファイルを、Win−BESで「漢字解説BES」ファイルを開いてください。Win−BESではファイルを開いた状態では,文字データのみしか表示されませんので,「グラフィック」コマンドの「グラフィック編集」を選択してください。すると,画面上に字体のグラフィックが表示されます。印刷だけしたい場合は,グラフィックが画面表示されていなくても出力されます。
 (2)点字プリンター
 対応点字プリンターには,ジェイ・ティー・アールのNewESA721やリコーの点字プロッタTZ100などがあります。「点図くん」ソフトでの出力はこの2種類ですが,Win−BESソフトでの出力はグラフィックが出力できるものであればどれでも可能です。
 Win−BES上では「設定」コマンドの「プリンター設定」で「New721」を選択してください。「New721両面」や「ESA721」ではグラフィックの出力はできません。
 Win−BESで印刷するときの注意点としては,NewESA721の場合,プリンターのふたを開けておくことが大切です。紙が大きく前後してグラフィック印刷されるため(バックフィード方式),紙にたるみがでます。ふたのスポンジにひっかかると点がずれてしまいます。たとえ、紙が触れなくてもバックフィードがあるためにグラフィックのところで若干のズレが生じる場合があります。字体にはほとんど支障がありませんが、漢点字類に若干のズレが出るために点字として読むには無理がある場合もたまにあります。これはWin−BESソフトの限界なので、どうしようもありません。6点漢字・漢点字の部分だけは目をつぶって資料をご活用ください。「点図くん」ではこのことは解決されています。また、Win−BESの印刷で途中で止まってしまったり、印刷命令がうまくいかない場合には「設定→周辺機器設定」でのポート接続が「1200、9600」「フロー制御なし、ソフトウェアフロー」をいろいろ組み合わせてみてください。パソコンと点字プリンターとの相性などがあるようです。
 「点図くん」ソフトからの印刷命令は、紙のバックフィードをなくし、上から順次印刷していきますので、多少印刷速度は遅いですが、グラフィックもデータ通りのきれいな印刷が可能になりました。<バックフードがあった「点図くんソフトV2」に改良が加えられ、Ver.2が登場したため。(2001年8月発売)>

5.さいごに
 IT革命,IT教育が叫ばれる中,漢字教育が従来の国語的指導の中だけでなく,情報教育の分野でもなくてはならない指導内容になっていることを痛感しているのは,決して私だけではないと思います。
 そんな思いの中,担当する低学年の全盲児童に漢字教育をと思い,「立体コピー」で教材作りをしていました。しかし,修正が困難なことや長期保存ができないことから,何かいい方法はないかと苦慮していました。
 その時に「点図くん」ソフトを知り,点図ボランティアの眞田さんに出会いました。漢字の教育体を点図化した資料はお持ちのようでしたが,全盲の人には微妙な曲線構成の教育体よりもゴシック体の方がよいと考えて,字体を修正していただきました。その修正と6点・8点の漢字をグラフィック化してくださるように依頼しました。すごい熱意で次から次と私の度重なる要求に応えてくださり,すばらしいグラフィックデータが完成しました。そこに私が点字データを入力し,この資料ができたわけです。小学6年生までこのデータ作りは続きそうです。ボランティア眞田さんのおかげだと感謝の念がいっぱいです。
 その他にも,株式会社リコーの成田和男氏やボランティアの井上行雄さんにも協力していただきました。
 また、上記のデータは点字プリンターがないと活用できない資料ですし、それ自体は点字触読者しか活用できないものですが、特殊UVインクによる読みやすい点字作成に成功した「国際浮出印刷株式会社」から、色の付いた点字、あてはまる漢字を墨字で併記したものの冊子を出版し、自学自習や点字を知らない人たちとの学習を可能にしました。順次学年を追って発行していますので、そちらもご活用ください。