弱視者の漢字指導実践例
                                     道村静江

1.弱視児の漢字学習の困難さと実際の指導
 弱視児の見え方はそれぞれであり、ひとまとめにして語ることはできない。当然、教材なども個々の学習者に対応したものを準備しなければならず、その教材を他で活用したいと思っても汎用性は非常に狭い。
 弱視者の漢字学習の困難さは、視力からくる線や形の読み取りにくさだけが原因しているわけではないようである。もちろん拡大して細部を判別できるような大きさで提供すれば、クリアされる問題も多いが、視覚の中に入ったとしても瞬時に各部品が判別できる力が備わっているわけではなく、ゴチャゴチャした感覚にとらわれているようで、正確な部品を覚えにくい。また、日常的に文字が目に飛び込んでこない弱視児にとって、漢字を見慣れていないことも大きく影響し、瞬時に判別する力が養われていないことも原因の一つであると思われる。実際にまねて書かせてみると、線が抜けたり、形は何となく似ているけれども正確ではないということが度々ある。
 漢字学習を進めていく中で、最も困難だと思ったのはその定着度である。新出漢字を1画ずつ丁寧に書き、その場で覚えたとしても、すぐに忘れてしまう。知的には問題ないはずなのに、何度復習しても覚えきれない場合が非常に多い。それは、文字全体を一つの絵のように覚えているからなのか、漠然と見ているからなのかよくわからず、どういう覚え方をしているのか判断がつかないことが多く、指導上行き詰まることが度々であった。
 その解決策の一つとして、篇や旁などの各部品を丁寧に解説し、その組み合わせで新しい漢字を覚えさせていく。1年生からこの方法を採っていれば、視覚のみに頼る学習から解放され、部品で構成していく力が身に付き、中学年以上の山ほど出てくる学習に対応できたのではないかと反省する。この部品の組み合わせで覚えていく学習法は、漢字同士を関連づけることにもつながるし、書く場合にも正確さが出るし、忘れた字を思い出させるにも説明が簡単である。また、実際に書いて提示するのが苦手な視覚障害者にとって、漢字の構成を言葉で説明できることは役に立つ。この指導法を重点的に行うことによって、山ほど覚えなくてはならない漢字が少しずつクリアされてきている。(点字使用者にとってはこの指導法は非常に有効で、すばらしい効果を上げ、年間200字覚えなければならない漢字を全てクリアした。)
 実際に、小学4年の時に新出漢字1字ずつを覚えさせるフォームを作成し、200字学習させたが、終わってみれば機械的作業だったためにその定着度は非常に悪かった。5年生になり、4年生の200字がほとんど習得できていなかったので、再度復習をせざるを得なかった。そこで、「視覚障害者の漢字学習」拡大墨字版と同様の小学3年・4年・5年と3冊作成し、PCの詳細読みを徹底的に覚えさせると共に、漢字を部品の構成で口頭で言えるようにすることに重点を置いた。また、その漢字の使われている身近な語例を書いて覚えるように、十分なスペースをとった練習帳を作成し活用させた。
 5年生の新出漢字は上記の5年生版を活用しながら、練習帳を使って書く作業を進めた。この中で、書くことばかりに重点を置くと、作業が機械的になり、嫌気がさしてしまうので、口頭で部品を言えたり、PC詳細読みを唱えることにより音訓読みを習得させた。
 この5年生になっての取り組みは、非常に効果が上がり、夏休み前までは4年生までの復習を重点的に行った。夏休み以降、5年生の新出漢字習得に力を入れた。教科書の読みでは、新出漢字の学習が追いつかないので、ふりがなを振らせたり、読みだけは出来るように繰り返し読ませることで対応した。大きな単元の間にある「言葉の学習」で出てくる山ほどの新出漢字は飛ばして、現在の進行状況の新出漢字の学習に合わせた。
 3・4年生の漢字を使いこなすためには、社会や理科、メモ帳・日記などの場面で、とかくひらがなになりやすい書きを、時間がかかっても既習の漢字を書かせるように意識させ、書けない漢字を口頭で説明して思い出させ、出来るだけ書かせるように根気強く指導している。徐々にその成果が表れ、漢字を書く量が増えたり、部品で理解しているため文字全体の構成がイメージできるせいか、バランスの良い字が書けるようになってきている。
 また、書くことの困難さは、視力からくる見えにくさから、バランスを考えられなかったり、細部への意識が雑になったりすることの積み重ねが、書き技術を向上できない原因になっていると思われるが、一方では、鉛筆を持ち慣れていないことや細かな線の動かし方ができない手指の無器用さも目立つ。だから、書き順や細部の注意は必要最低限にとどめ、漢字を思い出せたり、イメージした形を書き表せることに、重点を置いている。

2.弱視児の漢字指導の見通し
 PC機器が発達し、画面上の拡大文字や音声サポートから楽に操作できる環境になってきている。これからは、直筆で書く必要度が薄れ(個人的なメモ程度の活用)、PC機器での文字処理が必須条件となってきている社会状況から、本人を苦しめる書く作業は最小限にとどめ、読む力、正確な漢字選択できる力を育てる方向での指導に重点が置かれてよいと判断する。
 この方針から、書き順や画数などの指導はほとんど省略し(低学年で学習しておけば高学年では省略しても差し支えないと判断した)、読みに重点を置いた指導に切り替えている。漢字を識別するためのPC音声の詳細読みを覚え、音訓読みとその漢字が使われている語例を知ること、熟語を見たときに音読みで即座に読めること、同音異義語の言葉に当てはまる漢字を選択できる力をつけることが必要である。
 中でも、音訓読みがうまく組み込まれていてその漢字を適切に表現できるPC音声の詳細読みと、字形を思い浮かべられる部品の組み合わせを覚えることに復習の重点を置いた学習を進めた。この結果、多くの熟語の漢字選択が適切にできるようになってきている。特に、音からくる選択だけに頼らず、字形の部品を考えることによって漢字の持つ意味を自然に考えるようになってきている。